講師:大阪府立大学大学院経済学研究科
観光・地域創造専攻
准教授 花村周寛 氏
近年インバウンド観光が脚光を浴びる中、これまで観光振興に取り組んでいなかった地域にも観光の波が押し寄せています。世界遺産や観光資源がない地域にも観光の可能性はあるのでしょうか。そこで、我々の物の見方について研究、実践されている大阪府立大学の花村周寛准教授をお迎えし、「地域の価値を生み出すモノの見方」についてご講演いただきました。
はじめに
世界では、2008年には約8.8億人、世界人口の13%が移動し、これが2015年には12億人に増え、世界の16%の人々が一度は海外に行ったことがあるということになります。これが2020年になると16億人、つまり人口の20%、5人に1人が外国を移動する時代になることが予想されています。日本においても、今のところ順調に観光客数は伸びています。2011年は622万人でしたが、2015年には1974万人とほぼ2000万人に達しており、この5年間で訪日外客数は3倍以上に膨らみました。世界ランクで見てみると、第1位はフランス、次にアメリカ、スペインの順となっています。日本は1974万人世界16位、アジアでは6位という位置付けになっています。観光庁の指針によると、オリンピックが開催される2020年には、4000万人まで増やすということですから、今後4年間で2倍の観光客が日本に訪れることになるのです。そうなった場合、今後は各地域のあいだで観光客の獲得を巡る激しい争いが生まれてくるのではないでしょうか。地方創生の問題と同様に、工夫がある地域は生き残り、工夫しない地域は観光客が通り過ぎてしまうことが予想されます。もちろん、大都市は観光資源もたくさんあり、楽しめる場所もたくさんあるため、有利な状況にあります。また、世界遺産があるような地域、観光資源といわれる資源がある地域も有利だと思います。では、それ以外の地域は、もう観光は諦めなければならないのでしょうか。何もなさそうな地域は、一体どうしたらいいのでしょうか。今日は、そのヒントになりそうなお話として、モノの見方をデザインするということについてお話ししたいと思います。
「まなざしのデザイン」とは
今日は「風景」、科学的にいうと「景観」についてのお話をします。「景観」という言葉は、「景」と「観」の2つの漢字から成り立っています。「景」は土地や空間を意味し、「観」は眺めや見方を意味します。この「景」と「観」の関係性は、「場所(土地や空間)」と「自分(眺めや見方)」の関係性に置き換えることができ、この関係性が風景を生んでいると言うことができます。ランドスケープデザイナーは、この「場所」をデザインしてきました。それに対して、私がこの10年~15年に渡って研究、実践しているのは、「自分」をどうデザインするのかということです。これを、私は「まなざしのデザイン」と呼んでいます。
この「場所」と「自分」との関係性が同じ状態になることを「固定化」と言います。例えば、家から駅までの道を毎日何回も通っていると、発見が少なくなり、場所と自分との関係性は「固定化」されていきます。そうなると、その道は珍しくもないので、見るべき対象ではなくなっていきます。それを、いろんな方法を使って「異化」して、「場所」と「自分」との関係性が組み変わると、そこに新しい関係性が生まれます。つまり、「主体(自分)」と「客体(場所)」のあいだに新たな風景を生み出すことを、「風景異化」と呼んでいます。これはフランス語で「ジャメヴュ」という言葉があり、ずっと見て知っているはずのものが、ある日突然知らないものに見えてくることを言います。このジャメヴュは、日本語にすると「未知感」と訳されます。この反対語は「既視感」で、フランス語で「デジャヴュ」といいます。
「風景異化」を実践すると、誰も見向きもしていなかった価値がない、意味がないと思っていた場所に「価値」が生み出されます。物の考え方や捉え方、想像力の広げ方ひとつで、そこに価値が生まれてきます。価値がない、意味がないという場合の、意味や価値はモノに備わっているわけではなく、価値がないという見方があるだけです。価値がないと思っているのは、人の捉え方なのです。モノの見方を転換する、想像力を広げるということで可能性は無限に広がります。海外では、行政やクリエーターたちが、想像力を広げて、モノの見方を転換するということを実践しています。
では、スペインとオーストラリアの事例から読み解いていきたいと思います。
モノの見方を反転する
太陽とビーチがスペインの最大の観光資源とされるなか、スペインの北部はデメリットだらけの地域です。この地域はずっと雨が降っているため、スペインにおいて観光資源はないに等しいと言っても過言ではありません。特にバスク・カンタブリア・アストゥリアスとガリシアの4つの州は1年の半分ぐらい雨が降っています。普通だと、観光を諦めてしまうような地域です。しかし、スペイン政府はこの雨を逆に資源に変えることができないかと考えたわけです。彼らが何をしたのかと言うと、この4つの州をまとめて「緑のスペイン(エスパーニャ・ベルデ)」と名付けました。そして、雨を観光資源にできないかと考えたわけです。豊富な雨が降るということは、緑の大地が広がるということです。スペインの多くのところは乾いていますが、ここはしっとりと緑がたっぷりあり、豊富に農産物が採れるわけです。牧草も良く育ち、ミネラルたっぷり含んだ牧草を食べて、牛や豚も育つわけです。ここには豊富な食材があります。そして、北の海では新鮮な魚介類が捕れます。その結果として、この地域には類を見ない食文化が生まれました。このなかでも、もっとも成功している地域は、サン・セバスチャンという街です。
ここは世界有数の美食都市で、2014年版のミシュランで、スペインの三つ星レストラン8軒のうちの4軒がサン・セバスティアンにあり、わざわざ飛行機を乗り継いで来る都市になっています。元々は何の特徴もない漁村で、人口規模で言うと僅か18万人です。主だった産業もなく、普通に考えるとデメリットだらけの場所ですが、バスクの料理人たちが立ち上がりました。1970年代に始まったフランスのヌーベルキュイジーヌに習って、スペインでも新しい料理方法で、食材を加工する「ヌエバ・コシーナ」という革命が起こりました。食材に対するモノの見方を変えることで、これまでと違った使い方をして、芸術作品のように料理を作っていきました。レストランと別に研究所をつくり、朝から晩まで食材の研究をしています。また、人々のなかにも豊かな食文化があります。ここにはピンチョスというフィンガーフードの文化があり、地域の人たちはみんなこれを食べています。有名なフェルミン・カルベトン通りは、世界で路面店のレストランがもっとも密集しているストリートと言われています。また、美食倶楽部というものがあります。これは料理を専門にしていない人たちが集まって料理をするソーシャルクラブのようなものです。そして、美食倶楽部は男性のみの会員クラブで、女性がここに来たら、サービスを受ける側になります。サン・セバスチャンでは、料理という文化を非常に重要とし、街中の人たちが料理文化をシェアしています。みんなでその物の見方をシェアして行くことによって、地域の文化が育っていきます。
その功績が認められ、サン・セバスティアンは今年、欧州文化首都に選ばれています。
非常に印象的だったのは、文化首都のお土産として、傘が売られていました。つまり、彼らは雨を誇りに変えているということが言えると思います。雨が多く、傘をよく使うから、傘がお土産にいいということです。これを購入した人たちは、この傘を開く度にサン・セバスティアンを思い出すでしょう。そんなメッセージが隠されているのだと思います。みんなが鬱陶しく感じる雨ですが、モノの見方を反転することで、価値がないと思っていたモノに、価値が帯びるわけです。巨大資本を投資するのではなく、モノの見方をちょっと変えるだけで、こんなに命運が分かれてしまうということです。
スペインの概要
Travel & Tourism Competitiveness Index (TTCI)によると世界第一位の観光大国。観光客数は年間6821.5万人(人口4500万人)で、44ヵ所の世界遺産を有する。国際観光収入は約6兆円で、日本(2兆円)の約3倍。1975年まではフランコ大統領の独裁政権で民主化が遅れていたが、1970年代に観光省をつくり、観光戦略を打ち出していた。自治州ごとに観光戦略を打ち出し、北欧やヨーロッパをターゲットにインバウンド観光を推進している。スペインの観光資源は、フラメンコ、闘牛、サグラダ・ファミリアと思われがちであるが、太陽とビーチが最大の観光資源となっている。
モノの見方を体験する
オーストラリアの観光地として有名なエアーズロックは、現地ではウルルという名で呼ばれています。これは世界で一番大きい一枚岩で、同じ国立公園内にはカタ・ジュタという沢山の奇岩もあります。いずれも巨大ではありますが、単なる岩の塊です。
元々ここはアボリジニの聖地で、これ以外は何もない場所ですが、近年は年間35万人が訪れる観光地になっています。1万年前からアボリジニはこの地域に居住しており、いろいろな文化や宗教が生まれています。1873年にイギリスの探検家ウィリアム・ゴスが発見して以来、注目されるようになり、1987年にはUNESCOの世界遺産に登録されてからは、さらに有名な場所になりました。岩山の周りには歩道が整備され、歩けるようになっていますが、同じような風景がずっと続き、歩いていてもすぐに飽きてしまうような場所だと思います。その周りを歩いていると、唐突に「ここは聖地だから撮影禁止」というエリアに遭遇します。しかし、私たちは何のことなのか全く理解できないわけです。世界遺産があるから、楽しめるというわけではないのです。つまり、ここは場所の見方を知らないと価値がわからないのです。情報掲示はされていますが、情報だけでは見方はわからないのです。そのため、ここは特別な見方を知る必要があるわけです。このウルルやカタ・ジュタは、見る時間が重要です。1日に2回だけ特別な時間があり、それは朝日と夕日です。ここには周りに何もないが故に、横から光線が差し、岩山が真っ赤に光ります。ツアーガイドと一緒に行く体験が非常に重要で、この地域のガイドは、いろいろな見方を教えてくれるわけです。つまり、ガイドと一緒に体験を共有することができるのです。
このガイドさんたちは、全員がダーウィン大学の研修を受けているため、知識が豊富です。動植物、鉱物、地理、歴史などさまざまな視点からモノの見方を教えてくれます。体験の質が担保されているのです。また、ガイドによって私たちの想像力は膨らみます。つまり、ここでガイドさんたちが行っているのは、想像力をガイドするということなのです。モノの見方を共有すれば、見えなかった風景が見えてくるようになるわけです。この風景のなかには、アボリジナルたちが昔から込めてきた意味がたくさん埋め込まれています。このように特別な意味が込められている風景には、目には見えない情報がたくさん埋め込まれているのです。それをガイドさんが解説をしてくれて、普通では行けないようなとこに連れて行ってくれたりもするわけです。誰かがナビゲーションして、体験を共有することによって、見え方がずいぶんと変わっていくのです。
今、ウルルでは登山ができます。ただし、地元のアナング族たちは、ここは聖なる山なのでむやみやたらに登ってほしくない、と思っています。オーストラリア政府はここをクローズしていないので、観光客はどんどんと登っていきます。
看板にも「ウルルに登らないでください」と書いていますが、登っても法律には抵触しないため、登っている観光客がいるのです。つまり場所の見方を知らないと価値がわからないので、そこが登ってもいい場所なのか、そうではないのかは、個人の倫理観が問われます。2020年にはこの場所は全部クローズして登れないようにすることが検討されています、日本の聖地も同じではないでしょうか。神社にたくさんの観光客がやってきて、写真を撮って、土足で踏み入るようになると、私たちはどんな気持ちになるでしょうか。これから4000万人という観光客が日本を訪れるという計画ですから、必ずそういうことが起きるでしょう。今は観光客をいかに伸ばすのか?ということに集中していますが、これからはどうやって観光客を規制するのか?ということが必ず出てきます。清水寺の舞台に2倍の人が乗ることになったら、耐震の対策なども必要になってくるのではないでしょうか。場所の見方を知らないと価値がわからないということを、体験を通じて知っていくということが、非常に重要であると思います。
オーストラリアの概要
Travel & Tourism Competitiveness Index (TTCI)によると世界で第7位の観光大国。インバウンド観光客数は660万人。国際収入観光額は2兆8000億円(日本とほぼ同等)。アメリカ西海岸からは飛行機で16時間もかかり、地理的なデメリットは大きい。1980年代まで海外旅行客は100万人以下だったが、ツーリズム・リサーチ・オーストラリアという専門の研究機関が設けられ、Come and say g'day、There's Nothing like Australia、The best job in the worldなどの観光キャンペーンに反映され、着実に観光着数を増やしている。
さいごに
2つの国の事例から、モノの見方を反転すること、そしてモノの見方を体験することについてお話ししました。最後に、これはフェラン・アドリアというスペイン サン・セバスチャンの三ツ星レストラン「エル・ブリ」のシェフの言葉で締めくくりたいと思います。「普通にパエリアを作るだけなら、上手に仕上げればよく、想像力は必要ない。料理とは、もっと違う物、新しい物を創作することだ。食材はどこにでもあり、それを使う才能こそが大切だ」と言っています。モノの見方とは、1つの野菜を見ても、1つの素材を見ても、1つの場所を見ても、1つの地域を見ても、それをいかに創造的に見るのかということが、非常に重要です。自分の見方次第でその地域の命運を分け、地域の価値が創造されていくわけです。クリエイティビティを持てば、いくらでもチャンスに変えていけると思います。
花村周寛 氏
ランドスケープアーティスト/研究者/俳優。
「まなざしのデザイン」という独自の表現方法と、「風景異化論」という独自の
理論で芸術から学術まで領域横断的に様々な活動を行う。風景をつくる、風景を
考える、風景になるという3つの角度から、大規模病院の入院患者に向けた霧と
シャボン玉のインスタレーションや、バングラデシュの貧困コミュニティのため
の彫刻堤防などの制作、世界各地の聖地のランドスケープのフィールドワーク、
映画や舞台に俳優として立ったり、街中でのパフォーマンスなど、実験的な表現
活動も精力的に行っている。2010年より大阪府立大学21世紀科学研究機構准教授。
2017年4月よりバルセロナ大学遺産観光研究所の客員研究員としてスペインを中
心とした欧州での活動を行う予定。