北海道大学観光学高等研究センター客員教授 臼井冬彦 氏
はじめに
前回、大阪湾ベイエリアの観光をMICEという切り口で考える趣旨で、MICEという用語の説明、その領域、市場規模の把握、世界の状況、その中で重要な役割を果たす事業者の役割について説明しました。
MICEという言葉は、Meeting(集まり、会議)、Incentives(企業などのインセンティブ旅行)、Convention(コンベンション)、Event(イベント)の各々の頭文字からできた造語であり、多くの集客交流が見込まれる大規模なビジネスイベント等の総称を「MICE」と称しています。今回は、大阪湾ベイエリアにおけるMICEの現状と課題、さらに今後に向けての方向性と可能性について考えてみます。
大阪湾ベイエリアのMICEの現状
現在の大阪湾ベイエリアでのMICE事情並びに課題について説明します。
1) Convention: 国際会議の状況
表1.にあるように、シンガポールをはじめ、東アジア、東南アジアの主要都市での国際会議の開催数に比べ、日本の主要都市の相対的な地位は低下しつつあります。
2004年以後の訪日外国人数の着実な増加、特に2013年からの急激な増大にも関わらず、国際会議の開催件数において日本は停滞しています。主要な国際会議の新たな開催にこぎつけるには5~6年かかる場合もあり、この表の数字だけで現在の活動を評価できません。現在行われている活動の成果は、3~4年後にしか出てこないからです。
この点を考慮したとしても、大阪湾ベイエリアの主要都市の国際会議開催地としての存在感は極めて低い状況です。特に、大阪の状況はひときわ目につきます。2014年の実績では、アジア主要都市の中で49位。日本の都市の中でも10位という水準です。関西の看板都市としては、政策関係者、行政関係者だけでなく、大阪市民がこの事実を認識することが第1段階です。
大阪府立国際会議場(愛称グランキューブ)が2000年に新設されたのですが、国際会議の開催件数に関しては、目に見えた効果を上げたとは言えません。2008年からの京阪中之島線の開通が行われ、以前よりはアクセスが改善したとはいえ、アクセス全般の問題、周辺飲食・娯楽施設、宿泊施設の多様性の欠如など、きわめて難しい状況ですⅰ。
施設全体の運営の面では、7割前後の稼働率を維持し(2015年3月期は63%)、収益面では、2000年開業からの10年間で27億年、2015年3月期では37億円の利益剰余金を積み上げています(2015年3月期自体は2.2億円の赤字)。しかしながら、本来の狙いである会議場としての役割が低下しています。単価の高いメイン会場では、国内会議、国際会議での使用というよりも、コンサートなどの興業が稼働率の維持に大きく貢献し、これが施設の運営を支えています。国際会議の推進というよりも、MICEのEである催しという意味では、評価されます。
国際会議という点で、関西で特筆すべきなのは、国の組織としての京都国際会議場のある京都の存在です。国際会議の開催場所としての格式、国の威信をかけた国際会議場としての環境面・ハード面の優位性もあります。国際観光都市としての優位性をもとに、関西の中ではその存在感を保っています。また、同じく古都としての奈良も、少数ながら着実な開催件数を増加させていることにも注目すべきです。
もう1点、大阪での国際会議という点では、大阪駅周辺の再開発によって生み出されたグランフロントの影響も見ておくべきです。2013年に、関西最大乗降客数を誇る梅田駅に直結する立地に、最大1750名を収容できるメインホール(分割可能)と9つの会議室を備えた施設として、ナレッジキャピタルコングレコンベンションセンターがオープンしました。運営は、大型の国際会議運営について日本でトップの実績があるコングレが行っています。交通アクセスの良さと周辺地区の宿泊施設、アフターコンベンションの娯楽の提供という面では、これまでにない可能性が出てきました。
2) Meeting: 展示会・見本市などについて
国内外から投資を呼び込み、様々なビジネスチャンスを求めて集まってくる人を対象に、製品、商品、技術を紹介するのが展示会・見本市です。この場をもとに行われる「商談、交渉、契約」を活発化し、その後のビジネスを誘発していくというのが、展示会・見本市の役割であり価値です。
ある意味、国際会議以上に問題なのは、世界における展示会・見本市状況における関西地域の競争力です。この理解のためには、規模と質の両方からの検討が必要です。まず、規模の面から見てみます。
日本最大の展示会場は東京のビッグサイトです。展示面積8万m2という空間です。しかし、世界的にみると、ビッグサイトの面積規模は、2012年度で68番目、2013年で70番目、2014年では72番目(日本展示会協会資料)ⅱにすぎません。1位はドイツのハノーヴァーにある見本市会場で、47万m2、ビッグサイトの6倍に当たります。次いで、上海(40.3万m2)、フランクフルト(35.6万m2)、ミラノ(34.5万m2)、広州(33.8万m2)、ケルン(28.4万m2)と続きます。アジア全体では、中国の上海、重慶、武漢などだけではなく、バンコク、ソウル、シンガポールなど、次々に巨大展示場の開設が続き、いずれ100番台にまで落ちるという予測すらあります。
2014年に日本の中でかろうじて100位以内に入っている他の施設は、幕張メッセが7.2万m2で87位、インテックス大阪が7.0万m2で90位となっています。関東のビッグサイト、幕張との比較からすれば、インテックス大阪の広さは「こんなものかな」ともいえるのでしょうが、世界の中での競争、特に成長著しい東アジア、東南アジアの中で見ないといけません。
日本の主要都市別にみると、東京一極集中化現象が起きています。表2で見るように、東京での開催は順調に増加しているのですが、大阪での開催件数は2008年62件に対し、2012年では48件に低下し、東京比で6倍以上の差がついてしまっています。
実際、ビッグサイトでは、フル稼働状況が続いており、出展希望を断る例もあるようです。また「パシフィコ横浜も年間3000件の(会場使用申し込みの)問い合わせに対し、800件程度しか応じられない」ⅲという状況です。今後の国際競争を踏まえ、早急にビッグサイトとパシフィコ横浜の拡張の検討を迫られていますⅳ。さらに、2020年の東京オリンピック開催時の東京ビッグサイトと幕張メッセの使用による利用制限問題もあり、官民挙げて、拡大策の検討が行われています。
これに対し、インテックス大阪の場合は、収益性の改善を含めた自立した経営の確立が迫られている状況です。一言でいえば、関西経済の地盤沈下です。かつて東京と大阪の二か所で行われていた大規模な展示会が、東京だけの開催になってしまったケースがあります。大阪で開催される展示会がますます小規模もしくは専門化したものになっています。設備の老朽化に加え、会場への交通アクセス、周辺施設(宿泊、食事含めた娯楽)などの問題もあります。さらに、より実質的な商談・交渉・契約という、ビジネスの要件を満たすためのセミナー会場、会議施設が重要となっている最近の傾向に対応できていません。結果、BtoBのビジネスの場としての利用よりも、BtoCのイベントの会場としての利用が増えています。
MICEと統合型リゾート(IR: Integrated Resort)との関係
国際会議と展示会・見本市を中心に見てきましたが、大阪で議論されている統合型リゾートとMICEとの関係に触れてみます。筆者は、関西、特に大阪でのMICEの議論が盛り上がらない一つの原因として、この統合型リゾート(IR:Integrated Resort)の議論があると考えています。
統合型リゾート(IR:Integrated Resort)とは、カジノを中心に、ホテルや国際会議場、レジャー施設などを備えた統合型の施設を意味します。米ラスベガスやシンガポールなどが代表的なものです。ともに、カジノを強力な集客装置ならびに運営上の財務基盤として機能させ、その周辺に、会議場、展示場、宿泊施設やその他娯楽施設を併設することで、周辺一帯の開発・運営を狙うものです。
問題は、この統合型リゾートの議論が、カジノが中心施設という前提での議論になってしまっていることです。国際会議場であれ、展示会・見本市会場であれ、その整備・新設には多額の予算が必要です。さらに、交通アクセスを含めたインフラ整備も含めると、莫大な予算が必要となります。その予算の手当てと減価償却の原資としてカジノをあてにしたいという考えも理解できます。ただ、MICEという概念、もしくは産業としての可能性は、カジノありきではないはずです。
カジノ法案の目途がどうなるかは不透明です。このため、関西地区のMICE議論が進まなくなっています。カジノを前提とした統合型リゾートに議論を集約するのではなく、大阪湾ベイエリアにおけるMICEの価値とその戦略を考えるという発想が必要です。特に、戦略分野・成長分野に対する国際ネットワークを構築する、イノベーションの創造を目指す装置としてのMICEの本質的な意味合いに注目して方策を考えるべきです。
大阪湾ベイエリアのMICEの可能性
これまで大阪ベイエリアのMICEの現状と課題を説明してきましたが、最後にその可能性と考えうる方向性について説明します。実現に向けては、予算措置のむずかしい問題がありますが、建設的な議論のお役にたてるように考えてみます。
1) 装置があるから集客ができるのか
筆者が一番懸念しているのは、MICEの議論があまりに装置・施設に特化した議論になっている点です。もちろん、大規模な企画の実施のためには、それを収容できる大規模な施設が必要です。交通アクセスも重要です。10年、20年先を考えたインフラを含めたハードの整備の議論は重要です。しかしながら、ハードがあれば、人が集まるというものではありません。それに対して、「ソフトとしての『カジノ』があれば人が集まる。よってカジノを招致しよう」という発想も理解できます。でも、それだけでは一種の思考停止です。ハード面の制約を理解しつつ、ソフト面も含めた現実的に対応できる戦略を練ることが必要です。
さらに、国がMICEを振興するうえで、東京を中心に施策を考え、優先的に予算配分するでしょう。関西での大規模開発のための予算措置が滞らざるを得ないでしょう。これも踏まえて、関西地区でのMICEを考える必要があります。
2) カジノのない統合型集客装置
筆者は、個人的にはカジノ推進に賛成なのですが、MICEの議論をカジノ前提で考えることには反対です。カジノありの場合とない場合の二本立てでMICEを検討すべきです。というよりも、カジノがないという前提で大阪湾ベイエリアのMICEを考え、もし、カジノの設置があり得る場合は、それも加味して修正変更するというスタンスで考えるべきです。
3) 都市戦略としてのMICE
展示会・見本市大国のドイツがそうであるように、展示会・見本市の運営は、その集客・施設稼働率・収益だけで評価されるべきではないはずです。都市、地域における産業育成、成長分野への投資という意味でMICEを評価すべきです。国内外のネットワークに基づくイノベーション創造、地域産業への誘発効果としての価値を最大限に高めるためのツールとしてのMICEの役割を考えるべきです。
この意味では、長野県諏訪市が展開している諏訪メッセが一つの方向性を示しています。信州・諏訪地域6市町村の経済団体と行政・支援機関等が協力し合い開催する展示会です。主催者側のメッセージは、「魅力あるSUWAブランドの創造をテーマに、長野・諏訪から 『ものづくり』の情報発信を具現化する展示会」です。2002年から継続開催されており、「地方では国内最大級の工業専門展示会」との評価を受けています。2015年度の目標来場者数は25,000名、展示規模は9741平方メートル、450小間が出展という規模です。古くからの精密機械工業の集積地として、さらにその技術を磨く場所、発表する場所、ビジネスの商談、交渉、契約を行う仕掛けとして定着しているものです。
4) 都市の差別化としてのMICEの方向性
大阪湾ベイエリア地区の主要都市ごとに、より都市の個性を活かしたMICEへの取り組みが必要です。幸いにも、京都、奈良、神戸、大阪は、その歴史的性格も、産業集積の仕方も異なっています。一般的に、都市はどこも普遍化する性格を持っており、気を付けないと、どこも同じような都市になってしまいます。その意味では、関西の主要四都市の持つ個性、自意識、対抗心というのは、極めてユニークで、今後の進むべき差別化の根本になるはずです。
国際会議の開催地としての差別化という意味では、古都としての存在感のある京都と奈良が存在することは、関西全体のMICEにとって好ましいことです。特に学会などアカデミックな趣のある国際会議の開催地としては大きな武器となります。この点、京都、奈良は、ユニークベニューの整備が一つのカギになりえます。ユニークベニューとは、国際会議などの開催時、コンベンション施設やホテルなどの一般的な会場ではなく、会議やパーティ等のために特別に開放された博物館や美術館、歴史的建造物、スポーツ施設、自然空間などの会場を意味します。京都と奈良の歴史性と空間をどこまで活かせるかがカギになります。
大阪の統合型リゾートの中心テーマは「エンターテイメント都市」です。これも一つの差別化です。カジノがないとエンターテイメント都市にはならないのか、そうではないはずです。もともと、大阪のエンターテイメント性、オープンさが前提として出てきたコンセプトのはずです。その方向でのMICEの取り組みを考えるべきです。大阪ならではの、食に対するこだわり、商都、水都としての歴史、さらには、産業集積の歴史の中で、大阪の個性を明確にし、磨き上げ、その上でのMICEの企画を考えるべきです。
神戸においても、開国から始まった短期間での近代都市の成立、海外との交易を前提とした港町としての産業集積、その延長としての神戸の文化、さらには阪神大震災からのダイナミックな復興、最近における先端医療への取り組みなど、諸外国から見れば、際立った個性を主張できる点があると考えられます。
5) 民間企業向けのビジネスミーティングとインセンティブの可能性
既存の様々な施設を利用する活動として、国内外の企業を対象に、ビジネスミーティングとインセンティブプログラムに力を入れるという方向性があります。特に、成長著しいアジア地域を意識した場合、関西地区の地理的な優位性、歴史性や娯楽性を再確認して、MICEパッケージの構築と世界の企業に向けてのマーケティング活動が必要です。大阪の場合、国際会議ではなく、これをメインの活動領域に定めるという割り切り方もありえます。
この場合、4)で述べた開催都市の個性と、前回に説明したPCOやDMCとの連携が、より重要となってきます。逆に、世界を相手にできるPCOやDMCを育成することが決め手となります。公式行事の運営に加え、ユニークベニューの利用、アフターの活動の可能性などが、その都市での開催の価値なのです。また、小規模でより専門に特化したものになる傾向もあります。Meeting産業の先進国でもあるアメリカでの傾向として、「ミーティングビジネス自体は国内的にも国際的にも成長途上にあるが、より地域に特化し、分野が専門化しつつある」ⅴということが報道されています。ビジネスクライアントの要求を理解し、それに対応したミーティングプランをパッケージとして企画、販売できる体制が必要です。大阪湾ベイエリアで考える場合、ハードの制約も含めて、この傾向を正確に見極めて対応することが必要です。
6) 主要四都市間の連携
5)のMeetingとIncentiveに力を入れた活動には、主要四都市間での連携も重要となります。海外からの来訪者の場合、アフターイベントのエクスカーションは移動に60分から90分ぐらいであれば提案可能です。この意味では、京都、奈良、大阪、神戸という個性ある都市が、各々60分程度で移動できることは、大阪湾ベイエリアの強力な武器です。企画、プロモーション、販売までを行うミーティングオーガナイザーに対して、各都市の情報だけではなく、ワンパッケージの提案のベースとなり得る情報の整理について、四都市間での協力が必要です。
7) 各機関の役割の見直し
MICEの運営に関し、国際会議の推進と展示会・見本市会場の管理監督部門が異なるケースが都市レベルでもあります。
ラスベガスでは、コンベンションビューローがコンベンションセンターの施設運営を行いますが、ラスベガス全体のインフォメーション機能も果たしています。ラスベガス全体の集客を担う観光部局の機関でもあるのです。ラスベガス観光局(Las Vegas Tourist Bureau)のもとに、ラスベガスコンベンション&ツーリズム機関(Las Vegas Convention Visitors Authority)が運営されています。同様に、シンガポールでも、MICEの活動が通商産業局とシンガポール観光局との共同の活動として推進されています。
日本の都市においても、経済局(部)と観光部局という分け方ではなく、産業育成、イノベーション創出、外客の増大というMICEの価値の評価とともに、新しい役割分担・責任の見直しを考えていただきたいと考えています。
8) 宿泊施設の拡充
大阪湾ベイエリアのMICEにとって、宿泊キャパシティが最大の懸念点です。訪日外国人の激増によって、すでに主要都市でのホテルの予約が大変難しくなっています。シティホテル、ビジネスホテルの新設が各地で起きていますが、絶対的に不足する気配です。外国人旅行客数の伸びを3000万人(2015年は1973万人)程度で予想していると、MICEどころではなくなります。筆者は、諸外国での外国人訪問客数の状況と日本の観光の磁力のポテンシャルを考えた場合、10年以内に5000-6000万人程度の需要を想定しています。ここまで見越した宿泊施設への対応が待ったなしの状況なのです。
おわりに
MICEは都市戦略の重要な要素です。集客による直接的な経済効果だけではなく、国の内外に向けた都市の個性と生きていく方向性を示す強力な仕掛けであるともいえます。都市で行われる人の交流と情報の交換が命なのです。梅棹忠夫が、「都市神殿論」ⅵで述べたように、人が都市に集まる最大の理由は「情報」をご宣託として求めるためです。都市の根本的な性格は、梅棹が語るように、情報交換のための神殿にあります。人が集まり、情報を求め、または交換するための現代の新しい神殿としての仕掛けであるMICEの価値を認識することで、個性ある都市の本当の活性化に向けての議論が開始されることを願っています。
臼井冬彦 氏
京都大学法学部を卒業後、久保田鉄工(現(株)クボタ)に入社し、22年間海外関連の事業に従事。その間、ワシントン大学MBA修了。米国シリコンバレーにおいて、スタートアップの事業立ち上げ、戦略的投資活動、ベンチャーキャピタル業務にかかわる。クボタ退社後、米国系の半導体会社、ソフトウエア会社の日本法人の代表を歴任したのち、北海道大学大学院観光創造専攻修士課程修了。神戸夙川学院大学産官学連携センター長、北海道大学観光学高等研究センター特任教授を経て、現在は、臼井事務所(大阪)代表、北海道大学観光学高等研究センター客員教授、大阪府立大学大学院経済学研究科観光・地域創造専攻講師