
北海道大学観光学高等研究センター客員教授 臼井冬彦 氏


2015年、訪日外国人客数は1900万人を突破した。成長する観光産業を関西・大阪湾ベイエリアにおいて、いかにして取り込んでいくのか。その一つの方策となりうるMICEの可能性について、北海道大学観光学高等研究センター客員教授、大阪府立大学大学院経済学研究科観光・地域創造専攻講師の臼井冬彦先生より、ご寄稿をいただきました。
はじめに
大阪湾ベイエリアの観光の可能性について、2回にわたって、一般的な観光の視点からではなく、MICEという観点から考えてみます。まず、今回は、MICEという言葉の意味から始め、世界各地のMICEの状況について、市場の規模、この産業にかかわる様々な団体、個人の役割とMICE特有の用語について解説します。次回、MICEにかかわる大阪湾ベイエリアの状況を概観し、その課題とともに可能性について説明します。
観光への期待
国の観光戦略の中で、MICEの重要性が認識され、2009年に「MICE推進アクションプラン」が取りまとめられ、種々の施策が検討されています。東京、横浜の課題と対策を中心にしたさまざまな検討と議論がなされていますが、関西ではMICEの観点からの関心が薄く、関連の議論が盛んになっていません。また、MICEの議論があったとしても、各種の専門家が各々の専門分野に特化した解説をもとに語られる機会が多いようです。その全体像を理解されることなく、個別的な議論がなされているきらいがあります。諸外国のMICEにかかわる状況を説明する中で、MICEの全体像をイメージできるようにするとともに、大阪湾ベイエリアでの種々のMICE関連事業の状況を概観することで、今後の取り組みの可能性について考えてみます。
MICE並びに類似用語の説明
MICEという言葉は、Meeting(集まり、会議)、Incentives(企業などのインセンティブ旅行)、Convention(コンベンション)、Event(イベント)の各々の頭文字からできた造語であり、多くの集客交流が見込まれる大規模なビジネスイベント等の総称を「MICE」と称しています。最初に、各々の用語について、国際会議協会(ICCA: International Congress and Convention Association)ⅰの刊行物の中で、IAPCO (International Association of Professional Congress Organizer)ⅱが提供している用語集を用いてその定義を説明します。

Meeting
多くの人が、話し合いや特別の活動をするために一か所に集まることを意味する一般的な用語。随時の開催の場合もあれば、年次の集まりのように、決められたサイクルで行われる場合もある。(企業などの会議)
Incentive
参加者に対し、そのパフォーマンスを称えるために行われるプログラムの一環として人が集まるイベント。(企業などの行う報酬・褒賞・研修旅行)
Convention
議論、事実の発見、問題解決、相談のために行われる参加型の会議。コングレスという言葉との比較では、規模的に小さく、意見交換を進めるために、より特定のテーマでの会議を意味する。(国際機関・団体・学会などが行う国際会議)
Event
製品やサービスが展示される催し。(展示会・見本市、イベント)
MICEの概念が理解されにくい理由の一つとして、MICEに関連する類似用語との混同があります。コンベンションという用語が、各種団体主催の国際会議や学会などだけを意味するのではなく、欧米では、MICEのかわりに、コンベンション産業、Meeting産業という用語で語られている場合が多いのです。
実際、MICEという四つの分野は、ビジネス形態、ビジネスモデルで考えると、極めて異なった特徴を有しており、その全体を包含するような一般的な議論というのは現実的ではありません。日本では、各々の違いを理解せずに、MICE一般を議論されているケースが散見され、話題が散漫になってしまう危険性があります。ちなみに、先述のIAPCOのホームページでは、業界としては、アジア圏で一般的に使用されているMICEという用語の使用を減らし、「Meeting産業」ⅲという用語を使用する方向を示しています。
換言すると、欧米では、Conventionという用語が、MICEの中の狭義のCを意味するだけではなく、Convention産業というくくりで、日本でいうMICE全般を意味する傾向があり、それに対して、アジア地域では、新しい産業振興という意味付けの中で、各国政府が中心になってMICEという用語のもとに各種産業を推し進めています。さらに、近年の欧米では、Convention産業、もしくはMICEという表現ではなく、Meeting産業という表現を推奨しつつあるようです。
また、MICEの各々のビジネスモデルの違い、それにかかわる主催・関連団体、その波及効果の違いなどから、日本においては、後押しする政府機関も異なっている状況です。Cのコンベンションに関しては、国土交通省の観光庁が「国際会議」に絞り込んで後押ししているのに対し、Eの「展示会・見本市」については、経済産業省が各種調査とともに、推進を後押ししています。さらに、Eの中の、別のイベント形態である「スポーツイベント」に関しては、国土交通省の運輸局と観光庁が後押しをしている状況です。本稿では、便宜上、MICE全体像を把握することの難しさを指摘しておいた上で、「MICE」という用語を使用しつつ、より全体的な理解に役立つように解説を行いたいと考えています。
MICEの意義
MICEが注目される背景としては、次の三点があげられます。
- 会議の開催、宿泊、飲食、観光などの経済・消費活動のすそ野が広く、また滞在期間が比較的長いと言われており、一般的な観光客以上に周辺地域への高い経済効果が期待できること
- 世界から企業、企業人、学界の主要メンバーが集まることで、日本の関係者とのネットワークの構築に役立ち、ビジネスやイノベーションが期待できること
- 国内・国際間の人や情報の流通、ネットワークの構築、集客力により、ビジネスや研究環境の向上につながり、戦略分野/成長分野における産業振興、イノベーション創出のためのツールとして都市の競争力、ひいては国の競争力向上につながることが期待されること
特に、経済効果を考える場合、MICEによる直接的な経済効果に加え、間接的な一次的、二次的な効果の計算がなされます。しかしながら、2ならびに3の戦略的な産業育成、都市、国の競争力の向上という、より長期的な経済効果の観点からMICEの強化が図られている国があることにも注意が必要です。後述しますが、特にシンガポールなどでは、今後の戦略分野を決定し、その成長エンジンとしてMICEを活用しようという意識が明確に示されています。
MICEの市場規模
MICEという四つのビジネス形態が異なったビジネスモデルであるがゆえに、その全体市場の規模を推定することは困難です。Cのコンベンションに関しては、国際会議という切り口において、公的もしくは伝統的な団体が主催機関となっている場合が多く、世界的にも各種データがそろっています。また、Eのイベントにおける展示会ビジネスに関しても、公的機関が有する施設で実施されることが多いため、様々なデータがそろっています。このため、この二つの形態に関しては、日本でも、いくつかの機関が、直接経済効果にあわせ、間接的な波及効果、誘発効果、雇用への影響などの計算の試みがなされています。
それに対して、民間事業者中心の活動であるMのミーティングとIのインセンティブに関しては、統計を取るうえでの手法も含め、全体を考えるための方法論の検討すらなされていません。日本のMICE全体を議論しながらも、実際は、MとIに関しては、公的にはほとんど議論が進んでいないのです。この分野に関心のある一部民間事業者が個別に対応しており、国のレベルでは、国際会議のC、展示館・見本市のEの議論に限られています。このことは、かえってMICE全体の理解を妨げるとともに、将来のMICE関連ビジネスに関して、偏った見方をしてしまう危険性があります。
上記の不完全さを承知したうえで、いくつかの発表をもとにMICE全体の日本での市場規模を推定してみます。国際会議や展示会に限定された意味でのMICEではなく、より全体的なMICEの規模を見るために、アメリカでの調査を見てみます。2014年の1月に、Convention Industry Council (CIC)の委嘱を受け、PricewaterhouseCoopers(PwC)が発表した、米国内のMeeting産業が米国の経済にどのような経済効果を与えているかの調査を参考にしますⅳ。
この調査報告書におけるMeetingの定義は、10人以上が最低4時間以上、契約された特別の施設に集まるものとしています。具体的に含まれるものとして、コンベンション、カンファレンス、コングレス、見本市、インセンティブイベント、会議等としています。

表1.にあるように、2012年の米国内での広義のMeeting数は、約183万件、参加者2.2億人に上ります。経済効果については、表2.が示すように、直接消費において、2,804億USドル、雇用効果178万人と計算しています。間接効果分として2,763億USドル、雇用効果208万人、誘発分として、2,137億USドル、雇用効果144万人、合計で、7,704億USドルの経済効果、雇用効果530万人としています。

IMFの推定値(2014年)によれば、米国の名目GDPは17.3兆USドルであり、日本の名目GDP4.6兆USドルの3.8倍の規模があります。2国間のビジネス慣行・形態の違いを無視して、日本のMeeting産業全体の規模を、米国との比較による推定のために、保守的に1/5の規模として計算すると、直接効果で約6兆円(当時の為替レートではなく110円/US$として)、雇用効果で36万人の効果、間接効果、誘発効果を含めると、16.9兆円、雇用106万人の経済効果となります。
PwCの調査報告で特筆したい点は、アメリカのMeeting産業の巨大さ自体ではなく、その内訳にあります。Meeting産業、ないし、日本でMICEと表現している活動の約半数は、会議数並びに参加者数ともに企業主体の活動であることです。つまり、MICEのMが中心となっている点です。

日本でのMICEの議論が、国際機関や団体が主催するCのConvention(国際会議)ならびに展示会・見本市などのEに費やされているのですが、会議件数、参加者ともに、この二つの領域は、全体の37%だという点に注意してください。また、数は少ないといえども、同じく企業活動の一環としてのIのインセンティブプログラム関係も、米国内で67,700件、参加者917万人という規模を誇っている点にも注意が必要です。日本における統計や調査が不足しているがゆえに、議論の対象になっていないことも含めて、関係者の注意を喚起すべきです。
もう一つ、全体的な市場規模を把握するために、日本内での数字を紹介しましょう。日本の大手広告代理店が中心となった団体として、一般社団法人日本イベント産業振興協会(JACE)ⅴがあります。この団体は、博覧会、展示会、見本市、フェスティバル、会議、文化、スポーツ等のイベント、販売促進イベントなど、地域、企業、団体が催す各種のイベ ントや、これらのイベントに関連する産業の振興を図ることを主目的としています。団体としては、MICEという用語を使用せず、イベントという用語を使用していますが、活動の領域としては、よりMICE全般の活動を対象としています。
広告代理店が中心になっている団体であるという性格上、市場規模の算定には、興業イベントも含めていますが、日本のイベント市場の規模は、2014年で会場内の消費額3.7兆円(2013年、3.8兆円)、支出の概念を広げ、イベントに対する様々な支出(イベント前の支出、交通費、宿泊費、イベント会場外での支出、イベント後の支出)を含めた場合だと、2014年で15.5兆円(2013年、15.1兆円)という数字を発表しています。
米国のMeeting産業規模からの日本市場の推定、イベント産業振興協会による日本市場規模の推定、どちらの数字を使用するのが適切であるか判断が難しいところですが、日本全体の直接消費額で4兆円から6兆円の市場規模、周辺消費額や波及効果も含めると、軽く10兆円を超える巨大な産業規模であることは間違いないと言えます。
MICEにかかわるステークホルダー
MICEの全体を理解するうえで、この活動にかかわる関係者、ステークホルダーの役割の理解が必要です。特に、各都市で行われているMICE活動において、各々の当事者と協力関係を結ぶべきパートナーの役割が明確にされていないきらいがあるからです。
主催にかかわる主なステークホルダーとしては、政府関係機関、自治体、コンベンションビューロー(CB)、会議運営者(PCO:Professional Congress Organizer)、ホテル、運輸事業者、MICE施設事業者、展示会事業者、民間事業者組織、DMC(Destination Management Company)などがあげられます。限られた紙数の中ですべてについて説明できないのですが、特に理解が必要なものについて説明します。
1)政府関係機関
日本の場合、国土交通省の観光庁並びに運輸局、さらにはEの展示会活動などの領域での経済産業省がそれにあたります。MICE先進国(都市)として定評のあるシンガポールの場合だと、通商産業省(Ministry of Trade and Industry)とシンガポール政府観光局(Singapore Tourism Board)の旗振りのもと、豊富な財政措置を裏付けにして、金融、バイオメディカル・ヘルスケア、環境・エネルギーなどの国の重点分野のMICEの積極的誘致や戦略的な産業振興を行っていますⅵ。韓国の場合は、韓国貿易公社(KOTRA)、並びに韓国政府の国家行政機関である文化体育観光部が、日本と同様にCの国際会議とEの展示会・トレードショーに注力しています。
2)自治体並びにコンベンションビューロー(CB)
コンベンションビューロー(CB)とは、自治体や地域の民間企業が中心となり、国内外からの会議を誘致する組織のことです。日本の県庁所在地もしくはそれに準ずる都市におかれ、多くは公益的な背景を持っています。一般的な観光客の誘致も視野において、ビジターズビューロー、もしくは観光協会的な性格を持つところもあります。
コンベンションビューローの活動としては、カジノ観光だけではなく、コンベンション都市としても名高いラスベガスのケースが特徴的です。ラスベガス全体では、大規模な会議場を備えた大型ホテルが多くあり、全体としては、100万平方メートル以上のコンベンション・会議スペースと15万室近い客室があります。また、世界的なショービジネスのエリアでもあり、アフターコンベンションのメニューの豊富さも際立っています。このため、ラスベガス全体では、2014年には、4,113万人の来客のうち、コンベンション関係で22,103件の開催、517万人の来場者を誇っています。
Las Vegas州政府のラスベガス観光局(Las Vegas Tourism Bureau)のもとに、Las Vegas Convention and Visitors Authority(LVCVA )が設立されています。LVCVA自身が保有する施設運営だけでなく、ラスベガスへの集客のためのマーケティング活動を行うDestination Marketing Organization (DMO)であることを主張しています。運営はすべて宿泊税で賄われ、2016年度の予算額は、実に245.1百万 USドル(約270億円)にものぼります。潤沢な予算のもとに、二つのコンベンションセンターとラスベガス全体のインフォメーションセンターの運営、ならびにラスベガス全体の様々なマーケティング活動を行っています。
3)会議運営者(PCO:Professional Congress Organizer)
日本のMICE事業を考えるうえで、一般的に最も理解が欠けていると言わざるを得ない存在が、PCOと呼ばれる事業者の役割・価値であると言えましょう。Professional Congress Organizerという名称で、通称PCOと呼ばれています。日本の大多数の人が、伝統的な意味での会議運営者だとしか理解していないきらいがあります。確かに国際会議の主催、運営に関して、その準備段階、実際の運営に関して、プロの通訳の手配・業務を含めた事業集団の役割が必要です。
ただ、世界的にPCOといった場合、その活動はこの伝統的な会議運営に限りません。彼らは、専門的知見をもとに、ソリューション型のサービス提供、自らが展開する協会運営事業、自らの企画をもとに、MICEイベントのマーケティング、営業までを行うプロフェッショナルな事業者を指しています。つまり、場合によっては、彼ら自身がミーティングオーガナイザーの役割を果たします。彼らは、この任務を行うために、自らの専門性を高めるだけでなく、国際的なネットワークの中で活動をしています。
現在、日本のMICE推進策が、主に、公式な団体をバックにした国際会議とトレードショーに偏っているのは、前述した統計データの不足という理由だけでなく、このプロのPCOの質・量両面での力不足という理由もあげられます。日本において、団体、個人に関わらず、国際ネットワークの中で、ソリューションとしての企画を練り、営業を含めたマーケティング活動を行うプロの事業者は極めて限られた存在です。
先述の、Convention Industry Council(CIC)と呼ばれる組織は、55か国の103,500人の個人と、19,500の会社と施設からなる機関ですが、Certified Meeting Professional(CMP)と呼ばれる個人の認証試験も行っています。現在世界でCMPとして名簿に登録されている9,778人の個人のうち、日本人での登録はわずか12人という状況です。
成長著しいアジアのMICE産業の中で、日本のMICE事業が相対的に低下している状況が報告されています。その点からも、全体の底上げ、特に、MとIの領域を進めるためには、このプロとしてのPCOの育成は急務なのです。
参考として、CMPという認証プログラムを紹介しておきます。個人としてのMeeting Professionalに対するCMPという認証プログラムの中では、CMP International Standards (CMP-IS)と呼ばれる10の領域をカバーする試験が実施されています。10の領域とは、①戦略企画②プロジェクト・マネジメント③リスクマネジメント④財務分析⑤人事⑥利害関係者マネジメント⑦ミーティングもしくはイベントデザイン⑧サイトマネジメント⑨マーケティング⑩プロフェッショナリズムの10領域となっています。日本人にとって、言葉の問題だけではなく、専門性の領域の広さにおいても極めて高いハードルです。MICE産業のプロフェッショナルな人材の育成という意味で、政府・自治体関係者、業界関係者、大学を含む学識経験者の真摯な検討と対策がのぞまれる領域です。
4)Destination Management Company(DMC)
MICE運営に関しては、その中心となる活動だけではなく、アフターコンベンションにおけるエクスカーションや娯楽の企画も重要です。この場合、イベントの企画者やPCOにとって、ある特定地域の様々な必要情報を個別に収集整理することは現実的ではありません。運営地サイドでこれらの情報を取りまとめ、主催者やPCOに対し、情報提供するとともに、交渉、さらには運営地サイドのワンストップサービスを提供する必要があります。これらを行う組織がDMCです。地域によっては、コンベンションビューローがこの機能を果たしたいと考えています。
次回に向けて
以上のように、MICEという用語の説明から始め、その領域、市場規模の把握、簡単な世界の状況、その産業の中で特殊な役割を果たす事業者の役割について説明をしてきました。次回には、これらの活動が大阪湾ベイエリアではどうなっているのかについて、日本のほかの地域との比較もしながら説明したいと考えています。そのうえで、大阪湾ベイエリア地域として考えられる方向性・可能性について検討したいと思います。
臼井冬彦 氏
京都大学法学部を卒業後、久保田鉄工(現(株)クボタ)に入社し、22年間海外関連の事業に従事。その間、ワシントン大学MBA修了。米国シリコンバレーにおいて、スタートアップの事業立ち上げ、戦略的投資活動、ベンチャーキャピタル業務にかかわる。クボタ退社後、米国系の半導体会社、ソフトウエア会社の日本法人の代表を歴任したのち、北海道大学大学院観光創造専攻修士課程修了。神戸夙川学院大学産官学連携センター長、北海道大学観光学高等研究センター特任教授を経て、現在は、臼井事務所(大阪)代表、北海道大学観光学高等研究センター客員教授、大阪府立大学大学院経済学研究科観光・地域創造専攻講師