
講師 株式会社 北海道宝島旅行社 代表取締役社長 鈴木宏一郎 氏


昨今、観光地を経営するという視点で観光地域づくりを行う機能・組織であるDMO (Destination Marketing / Management Organization) が注目されている。
そこで、広域で北海道の観光地域づくりをめざす株式会社北海道宝島旅行社の鈴木宏一郎社長をお招きし、地域経済に波及する観光のあり方について
ご講演をいただいた。
はじめに
北海道宝島旅行社は、北海道札幌市にある小さなベンチャー企業です。
地域にとって持続可能な観光を実現することが、当社が観光業を進めていくうえでの重要な視点です。
そのためには、リピーターを増やさなければなりません。どんなに素晴らしい景色、おいしい食事があっても、
リピーターを確保するには十分ではなく、地元の方々と触れ合うことが大切です。
地域のおもしろいおじさん、おばさんたちと楽しく交流する優良な滞在プログラムが必要です。
例えば、フランスでは、田舎にたくさんの観光客が訪れています。
小さな集落でも特産品があり、その特産品を味わえる郷土料理や地元産のお酒が提供されるレストランが揃っています。
安いゲストハウスから高級なシャトーハウスまで、宿泊施設は幅広く整備され、
必ず英語の通じるインフォメーションセンターがあり、不動産屋さんまでがありました。
気に入ったら買って住んでください、というメッセージでしょう。
これを北海道でも実現できるのではないか、というところが、この会社の始まりです。
その後、大学卒業後に就職した会社の部下と2人で会社を作り9年が経ち、やっと今、30人ぐらいの会社になっています。
北海道宝島旅行社の事業
会社自体はいくつかの分野にわたる仕事をしています。

一番最初に始めたのは『北海道体験.com』です。
北海道の基幹産業は農業・漁業なので、農業や漁業に関する体験が観光資源になります、もちろん商店街での散策も。
しかし、農家や漁師、商店街のお父さんやお母さんに、観光客が来たら仕事の手を休めて案内しろ、というのは無理です。
そこで、それを生業としているガイドの紹介がまずは先決だと考えました。
通り過ぎてしまう地元の魅力を、解説を通じて、価値を伝えるガイドさんたちを、どうにかしてもっとお客さまと結び付けたい。
既存の観光業界のビジネスモデルは、1890年ぐらいに、イギリスでトーマス・クックが作ったのですが、
これはできるだけ同じパターンのお客さまを、同じ飛行機、同じバス、同じ大きい旅館に泊めて、
マスで仕入れたものを小割りにして、パッケージにして安く売るというシステムです。
お客さまが安く旅行が楽しめる素晴らしい発明です。このパターンは観光バス1台40人単位が基本となります。
しかし、北海道宝島の体験プログラムのほとんどは40人の対応ができません。
カヌーは1人、乗れて2人です。馬にも5人は乗れない。そのため、既存の旅行業界のビジネスモデルには収まらず、
結果的には自分でマーケティングするしかなかったのです。
今、『北海道体験.com』にはおよそ370ガイド、1,300~1,400のプログラムが掲載されています。
地域と体験のカテゴリーを検索すると、いくつかのプログラムが表示され、各プログラムのカレンダーから予約ができる仕組みになっています。
当社は、このサイトを通って、お客さまが体験したときに支払った体験料の10パーセントをシステム利用料としていただいています。
この時点では、旅行業の免許は不要です。体験の手配は旅行業ではないためです。
今、直近1年間でだいたい4万人強ぐらいがこのサイトを通って2億円程度を北海道に落としていただいています。
しかし、最初の4年間はお客さまがなかなか増えず、検索予約サイトのカタチになるまでに4、5年はかかるという印象です。

次に、北海道宝島トラベルという名前で旅行業の免許を取りました。
北海道は宝の島、その宝を遊んでもらって外貨を獲得する会社、というのが当社のミッションなので、
アウトバウンドは一切おこなっておりません。北海道、札幌の人を外に送り出すという売り上げはゼロです。
北海道に来た人に、北海道で遊んでもらうことでお金を稼ぐと決めています。
札幌にはホテルがたくさんあり、膨大なお客さまが宿泊しています。
しかし、アンケート調査を行うと「札幌はつまらない」とか、「1泊で十分」と言われる方が多いのです。
例えば、時計台。時計台は、かつて演舞場で剣道や柔道が行われて、開拓使が建てた武道を磨く建物です。
その歴史を語り出すと、とても面白いのですが、今はビルの狭間に小さく立っていて「日本3大がっかり」と言われる。
残念です。そこで、札幌近郊の8市町村(札幌、江別、千歳、恵庭、北広島、石狩、当別、新篠津)が構成する札幌広域圏組合と一緒に、
札幌に連泊する仕組みづくりの事業をおこないました。
札幌に泊まっているお客さまが、石狩の海で地引網をして、その取った魚をお料理して食べて、札幌に帰ってきて泊まる。
次の日は、千歳市の透明度の高い美しい湖、支笏湖でカヌーガイドと丸一日遊んで、札幌に帰る。
次の日は、恵庭市で採れた野菜をレストランに持ち込んで、サラダにしてもらって食べて帰る。
結果的に、3泊4泊になります。基本的にはそんなに難しいことではなく、新しい結び合わせを作っているだけです。
ただし、このひとつひとつを結び合わせるのは面倒なのです。しかし、この面倒なことを誰かがやらないと3泊4日にはならないのです。
もっと言うと、そこまでやってくれるのか、という面倒なことをしてさしあげてお金をいただくのが観光で、それが雇用を生み出すのです。
これが国のいう、広域観光圏の考え方だと思います。この札幌広域圏組合には、初年度1,000万円、2年度600万円、3年目300万円、
4年目ゼロの予算でインフラを整備するという提案を受け入れていただきました。
そのおかげで、今、札幌広域圏の『地域旅』には年間7,000人強のお客さまが訪れるようになりました。
今は、札幌市内のホテルも応援してくれるようになっています。

3つ目がインバウンドの個人客向けの旅行手配です。
会社を初めて作ったときは、日本人をメインターゲットにしようとしていましたが、経営の厳しい時期が3年も4年も続き、
また、日本にもだんだんと外国からのお客さまが増えてきたこともあり、外国人向けの事業を展開することにしました。
最初に、英語のできる社員を1人採用して始めました。
北海道は現在、中国・台湾・韓国のお客さまが多くを占めていますが、当社はそれらの国・地域からのお客さまはゼロです。
英語の通じる外国の方をターゲットとしており、シンガポール、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナム、ブルネイ、
オーストラリア、アメリカ、ヨーロッパからのお客さまが多いのです。
1件1件のお問い合わせに対して、フルオーダーメイドで対応しています。
多くは家族等で車をチャーターして、通訳を乗せて、7泊8日程度で北海道を巡るというものです。
だいたい1本のツアーが成立するのにメール、スカイプを活用して、50~60回のやり取りの手間がかかりますが、
北海道の濃い楽しみ方を提案して、リピーターになっていただけるよう頑張っています。
地域DNAを大切にした観光地域づくりに向けて

そして、今日のテーマであるDMOですが、当社は5年前から北海道のDMC (Destination Management Company) を名乗ってきました。
一般的に、観光を語るときの指標は来訪者数がどうこうという会話が多いのですが、観光は道具なので、その観光を通じて、
地域はどうなりたいのか、何を実現したいのか、そのビジョンを明確にする必要があると思っています。
観光庁が『住んで良し、訪れて良しの観光地域づくり』ということを、平成15年から言っています。
国土交通省から観光庁を切り出して、旅行業免許の3種を作って、たとえばブランド観光圏とか広域観光プラットフォームとか、
いろんなことを真剣にやっているのは、外貨を稼いで、この国の成長を維持しようということです。
そのときに大事なのは、地域DNAを大切にすることだと思っています。歴史、文化、基幹産業、誇り、プライドです。
私は、市町村から観光のお手伝いの依頼を受けたとき、市町村史を最初に読ませていただくところから入ります。
北海道は、縄文の歴史があって、アイヌの歴史があって、和人の歴史がありますが、少なくとも和人の歴史は見とかないと、
なぜそのお祭りが地域で守られているのか、なぜその作物を作っているのか、分からないのです。
それを、外から来るお客さまに体感してもらって滞在時間を延ばしてもらう。
そして地域のファンになってリピートして頂くという2つのポイントが重要だと思っています。
お客さまがマチにやってきて、気持ちよくお金を払って、誉めてくれて、いいところですね、また来ますと、喜んでもらえたら、
観光客が喜ぶ以上に地域の人たちもうれしいと思います。それを実現するのが、住んで良し、訪れて良しだと思います。
やはり、外貨を稼ぐことが観光です。稼げない観光は観光ではありません。
たとえば、北海道の美瑛のあのパッチワークの美しい丘の景色、あの美しさは美瑛にしかありません。
連作障害を防ぐために、農家さんが、小麦、豆、芋、ビートなど、毎年毎年畑に植えるものを替えるために、丘の色が毎年変わります。
しかし、農家さんの素直な気持ちは、土地を平らにしてほしいということです。傾斜があるので、トラクター作業も危険で、命がけです。
そこに、観光客がやってきて、いい写真を撮りたいからと言って、畑の中に入ってしまう。
あの有名な「哲学の木」のオーナーは、赤ペンキで木にバッテンをしました。また、以前、金属のキーホルダーを落とした観光客がいて、
それを農業機械が巻き込んで、数千万円の農業機械が壊れてしまったことがあるとも聞いたことがあります。
そんな状況になると、観光客は要らないということになります。しかし、美瑛の基幹産業は農業なので、観光客は要らないとはいえません。
そこで、通過する観光客に対して、JA美瑛は国道沿いに直営のレストランを建て、直売所を作り、外貨を獲得するためのお店をつくりました。
そして、美瑛町は、おいしいお米と小麦が採れる場所であることをPRするという発想に転換しました。
私が地域に入らせてもらうときは、最初に30分間の滞在・交流を演出しましょうという話をします。
だいたいソフトクリームで15分、200円か300円の消費です。30分にするのは、なかなか難しいのです。
次は3時間です。3時間いれば、お腹も空いたからご飯食べようかとか、汗をかいたから温泉に行こうとか、もう1泊しようとなります。
もうひとつの事例は鹿部町です。鹿部町は、新たに開通する新幹線の駅からタクシーで20分ぐらいのところにあります。
まだ、あまり観光客の来ていない町です。
鹿部町のパンフレットには、10分に1回高く吹き上げる間歇泉のある公園が掲載されています。
このほかには、1年に1回の夏の港の大花火大会があります。間歇泉公園の入園料が300円、足湯があって、間歇泉を見ながら、
レンタルの手ぬぐいで足拭いて、帰る。これでは経済波及効果は生まれません。この町は、何のために観光をやるのか、鹿部の町の誇り、
歴史的なDNAは何かと聞いたら、駒ケ岳という山があることがわかりました。
頻繁に噴火する山で、何年かに1度、周辺が絶滅するぐらいの被害を受けています。しかしそのお陰で、とても豊かな漁場が広がっているのが、
漁師の町、鹿部町です。農家は1軒もありません。その漁師の町が一番頑張って加工して、販売しているのが「たらこ」です。
大手デパートのバイヤーさんも絶賛してくれるくらいの良質の「たらこ」が生産されているのですが、なかなかそれが伝わっていないのです。
これを伝えることが、観光の役割ではないかとなりました。地元の食堂が、たらこを使ったラーメン、たらこを使った天丼も作り始めました。
たらこ作り工場の見学体験も始まりました。漁協が観光に踏み込んでくれたのはかなり北海道では珍しいのですが、漁協の婦人部のお母さんたちが、
旬の魚を浜から持ってきてくれて、一緒に料理を作って食べるという体験が始まりました。また、港の岸壁からの「手ぶらで釣体験」では、
手ぶらでやってきて魚釣りをして、その釣れた魚をその場で天麩羅にして食べるという2500円のツアーもつくりました。
鹿部町が、何のために観光やるのかというと、漁業の振興につながる「たらこ」のPRです。これらの取り組みの中核となっているのが、
役場の観光担当と地域おこし協力隊員たちです。2~3年かけて地域のみなさんを巻き込めるだけの信頼関係を作り、情報をまとめて発信し、
お客さまや全国の旅行会社等からの問い合わせや予約に対応する仕事をこなしています。
今後は、間欠泉公園が新たに道の駅にリニューアルされるタイミングで、観光と物産の両方を振興する事務局的な機能を果たしてくれると期待しています。
これこそが、地域にとっての持続可能なDMOの作り込み方になるのではないでしょうか。
観光から移住へ
最近、夏に東京や大阪から避暑に北海道に訪れてくださる方が多いです。
ニセコ・倶知安では、オーストラリア人、香港人の方々が、1年に1カ月間だけ家族でスキーを楽しむために、高いコンドミニアムを購入してくれています。
しかし、11カ月は誰も使っておらず、4,000ベッドのコンドミニアムが浮いています。
それを、コンドミニアムの運営会社が預かって、リタイアした日本人のご夫婦等を対象に、ニセコの素晴らしい夏を涼しく楽しんでもらうという事業があります。
今年の夏で、だいたい500組1,000人が平均1.8カ月間、北海道に滞在されていました。1カ月の家賃が20万円で、2カ月で40万円。
遊んで食べて、観光して、プラス30万円として、1カップルで70~80万円を使うことになります。
これが500組ですから、夏の約2ヶ月で4億円のお金がニセコ倶知安に落ちています。同じことが釧路でも始まっています。
釧路市では、16泊17日釧路の夏の旅とか、1カ月の釧路滞在が売れています。釧路では、石炭、漁業、そして紙パルプの産業が衰退し、空き家が増えました。
その空き家を、地元の不動産屋さん、釧路市役所などがタイアップして、いわゆる「居抜き」で住めるように家具を揃えました。
ここも今、何百組の人が訪れています。釧路市役所は、そこに宿泊している人たちに、地元のカルチャースクールを紹介して、住民交流もおこなっています。
市町村としては、人口を増やすことは今後の大きな課題なので、観光から交流移住に持っていくっていうところが、
釧路市の観光の役割のひとつであるということです。
さきほどお話した鹿部町。漁師町のほかに、もう1つの集落、ダイワリゾート地区があります。
ここには、日本全国から定年退職をされて、ここを終の住まいにするという移住者の方が250組500人ぐらい住んでおられます。
2,500人の町に、移住者が500人です。ここから議員さんもでています。普通は、終の住まいに移り住んできた移住者にとっては、
観光振興なんて関係なさそうですが、移住してきた方々が一緒になって鹿部の観光地域づくり活動に参加してくれました。
さてみなさん、鹿部リゾートエリアで観光振興をやる目的は何でしょう。究極の目的は、気に入ったら、このリゾートに住んでもらうということですよね。
地域づくりは、観光だけでは解決しません。
どれだけインバウンドのお客さまが増えても、ものづくりである農林水産業、製造業、商工業をしっかりと築くことが大事だと思っています。
とはいえ、絶対に跡は継がないといっていた一次産業者の子供が、北海道の観光の魅力に気付いて、
地元に帰って体験交流牧場みたいなことをやりたいという話も聞きますので、観光をツールとして、地域の活性化のためにできることはあると思います。
そのためには、地域のブランドを決めて、それを体感できるプログラムを作り、そのプログラムを展開してくれる人と、
それをコーディネートする人の両方を作っていく必要があるわけです。
いま、地方創生などで日本版DMOをつくるという声をあちらこちらでうかがいますが、観光で収益を得るというのは簡単ではないのです。
例えば、仮に、体験プログラムを5,000円で作ったとしたら、DMOには10%の500円が残ります。ひとりの人件費を例えば200万円としたとき、
その雇用を維持するためには、何人の体験者を集客が必要でしょうか、そう4,000人です。
当社は、北海道全土を対象として、「北海道体験.com」に400人のガイドで1,300のプログラムを紹介しても売上は2億円です。
手元に残るのは、10%なので2,000万です。その付加価値の高いプログラムが1,300あるからこそ、
外国人のお客さまに10泊11日してもらえるようになり、新たな収益が生まれるわけです。
体験だけでなく、宿泊、飲食、物産や不動産まで、地域にあるものを、いかにポートフォリオを作って、
どこからどうお金を稼ぐかというところも考えていかなければならないと思っています。
2種類のDMO

DMOについて、私の結論としては、DMOには2種類が必要であるということです。
1種類目は個の地域価値を作り込むDMOです。
これは地元の価値である、地域内の宿、ご飯、交通、生産者、体験サービス事業者等と、日ごろの深い付き合いで地域とタイアップして価値を生み出すDMO。
ここには当然、旅行業の免許が必要です。ワンストップでお客さまの問い合わせに答え、手配し、お金を分配し、クレームに対応し、という地域の顔です。
ワンストップだからこそ、いろいろな楽しみ方を提案できるのです。それを作らない限り、地域にお金は落ちません。
そこに広域で、たとえば鹿部町、七飯町、森町、八雲町など、それらを取りまとめて広域で世界へマーケティングする役割、これが広域DMOです。
広域マーケティングDMOと言っています。当社は北海道全体のこれを目指しています。
これは、対象がどこの国なのか、ターゲットはFITなのかMICEなのか等によって、この広域マーケティングDMOはいくつもあっていいと思います。
当社は英語圏FIT向けの小さなDMOです。弊社以外に、中国向けのDMOがあってもいいし、団体客向けのDMOがあってもいいし、
MICE専門のDMOがあってもいいと思います。
最後に、北海道も必死で頑張っていますので、北海道に7泊8日、次は関西で7泊8日、2週間の日本滞在をさせるようなそんな組み立てを、
これからご一緒できればと思います。
株式会社 北海道宝島旅行社
代表取締役社長
鈴木宏一郎 氏
1965年11月22日北九州市生まれ。高校卒業まで兵庫県西宮市にて育つ。1988年東北大学法学部卒業、2001年小樽商科大学大学院商学研究科修了。
1988年㈱リクルート入社、全国各地勤務の後、2005年にフレックス定年退職して北海道へIターン。
2007年4月に北海道の体験型・滞在型・交流型観光の振興に取り組む㈱北海道宝島旅行社設立。
2010年6月に地域づくり支援会社(合)北海道観光まちづくりセンター設立。
2010年12月に旅行子会社㈱北海道宝島トラベル(北海道知事登録旅行業第2-597号・(社)全国旅行業協会正会員)設立。札幌圏、
全道各地の着地型観光振興、インバウンド観光振興による「稼げる観光地域づくり」を目指して奮闘・努力中。
北海道グリーンツーリズムネットワーク事務局長。観光庁「観光地域づくり」アドバイザー。
(2015年11月19日開催の第3回ベイエリア研究会2015の講演より)
北海道大学観光学高等研究センター 客員教授 臼井冬彦先生

●着地型観光とDMO
旅行と観光とを、各々別々にイメージするとき、それぞれのイメージに少しずれが生じる可能性があります。
これは、よく似た言葉として同じように見えても、すべてが同じではなく、やはり違う部分があるということだと思います。
旅は、人間の持つ根源的な欲求に関わる部分もありますが、観光はシステム化されたビジネスの要素が強い、
と言い換えることができるのではないでしょうか。観光がビジネスである限り、売り上げを拡大し、
利益を増やすことが最終目標になります。それを目指せば目指すほど、どのように大規模に処理をするか、どのように標準化するか、
どのようにシステム化するかを、ビジネスマンとしては考えていかざるを得ないのです。
そうしなければ、継続的に利益の出るビジネスにはならないからです。
対して、現在、私たちは成熟化し、豊かになっていくなかで、旅慣れてきて、いろんなものが選べる時代になってきました。
どんな旅をお客様が望むかというと、キーワードとしては、「多様性」「個別性」「個別化」という独自のストーリーをもつ旅の形態です。
これらは、非常にシステム化しにくく、標準化しにくいのです。このことを私は、「観光のパラドックス」と呼んでいます。
着地型観光というのは、「多様性」「個別性」「個別化」に対応したテーマ性を重んじる、「体験」「交流」「学習」をキーワードにした観光形態です。
基本的に、この着地型観光は大規模な団体には馴染みません。1人のガイドさんが対応できる範囲は、5人、7人、10人程度なので、
小規模運営で労働集約、なおかつ季節や天候に影響を受けるため、大規模な運営ができません。
ビジネスとして考えたとき、手数料ビジネスの場合はボリュームがないと成り立ちません。
言い換えれば、着地型観光の手数料ビジネスは大手の参入の可能性が薄い、つまり、儲からないから、大手は手がけないということです。
ビジネスとして、きわめて儲かりにくい仕組みが根っこのところにあるのです。
では、着地型観光をやってはいけないのか、というと、だからこそ、地域主体のスモールビジネスとしての可能性があるということです。
このスモールビジネスというのは、規模が小さいだけではなく、副業としてできるという意味です。
自治体さんからのご相談を受けてDMOの話をするとき、収益事業として着地型観光、つまり体験型プログラムを運営する話が出てきますが、
どんな目的のために実施するのか、また、体験型プログラムの運営以外に、DMOを持続するための財政基盤を別に確保できるのかの議論を行います。
また、DMOで収益事業をおこなうということは、それなりのノウハウを持った人材が必要ですが、それを地域でまかなえるのか、
についても議論します。一次産業を中心に暮らしている地域のなかで、その素材を活かし、
観光を切り口にして何かスモールビジネスを考えたとしても、体験事業者さんが、それをどうマーケティングし、販売していくか、
そのノウハウの経験がないことが多いのです。
そうしたとき、誰かが地域でやらなければいけないので、それを実施するDMOを作るというところがあってもいいのではないかと思います。
大事なことは、DMOの本質的な役割は、デマンドクリエーションということです。
ドラッカーの言葉を借りると、顧客創造になるのかもしれませんが、アンケート調査や統計資料の分析だけではない、
本当の意味でのマーケティングです。DMOは、マーケティングの役割を果たし、そのデマンドクリエーションを実施して、
地域を訪れてくれる観光客が増えていけば、地域の民間事業者さんが、その地域で主体的にビジネスチャンスを見つけるのではないでしょうか。