安野 |
淡路花博が開幕しまして、今日拝見したのですが、以前、大阪で開催された花博とは、相当に感じの違うものですね。
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計盛 |
この淡路島で花の博覧会を開こうという構想が出されたのは、もう8年も前のことでした。ご承知のように、現在淡路花博が開かれている場所は、大阪湾ベイエリアの新しい埋め立て地用の土を採取した場所です。
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久山 |
土を採取し始めたのは、かなり以前のことだったですね。
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計盛 |
ええ。昭和30年代からです。ここで、およそ120ヘクタール、1億600万立方メートルの土が採取されました。その後、しばらくは放置されたままになっていました。
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安野 |
ちょっともったいないですね。
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計盛 |
明石海峡大橋の起点でもあるし、船からも飛行機からも、まるで大地の傷跡のようになっているのが見えるのです。そこで兵庫県と国とが、役割を分担しながら「淡路島国際公園都市」と称して、人と文化が交流する緑のステージとして、自然を取り戻そうということになったわけです。
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久山 |
この辺はカーネーションなどの、良質の切り花が生産されるところです。淡路島は、普通の花ではなくて、一ランク上の花を作る技術を持った人たちがいます。ですから、ここで花博を開催というのは、その意味からもふさわしいと言えますね。
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安野 |
今、8年前に発想したとおっしゃいましたけれど、何かきっかけはあったのでしょうか。
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計盛 |
その年に、貝原兵庫県知事とご一緒にセビリアの万博を視察し、その帰りにオランダのズータメアーで開かれていた、園芸博として知られるフロリアードを見たことが発想のきっかけとなりました。
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安野 |
どういうものだったのでしょうか、フロリアードというのは。
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計盛 |
ズータメアーでは、フロリアードによって森を作り、町を開こうという考えでした。フロリアードはきっかけづくりだったわけです。久山さんのお話のように、淡路島は昔から園芸の島でもあったのですから、土砂採取地を自然に戻すだけではなく、花の淡路島づくりにも役立つということで、開催が決まったのです。
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久山 |
考えてみれば、大阪湾ベイエリアの西側は淡路島なんですよね。そこの自然が壊れたままというのは問題ですね。花を作るのが当たり前になっている土地柄ですから、緑の再生の価値があります。私も淡路ファームパークを、設計から10年間仕事をさせていただきました。もちろん花だけではなく、農業や酪農など、自然とともに生きている人たちが非常に多い島ですね。
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計盛 |
安野さんは、初めて博覧会場を歩かれて、印象はいかがでしたか。
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安野 |
残念なことに、たまたま天気の悪い日に当たってしまいました。青空の下で見たら、全然印象が違ってくるだろうと思います。また開幕したばかりだからでしょうが、どうしても時期的に芝の色なり、木々の様子なりが秋なんですね(笑)。これが色づいたら、とてもすばらしいと思います。それと、やはり花は太陽の下で楽しみたいです。パビリオンの中では人工光線でしょう。すると花の色が違って見えるのです。
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久山 |
何度も来てもらって、初めてこの花博の良さを十分に味わってもらえるのでしょうね。大阪の花博の場合は、ちょっとお祭り騒ぎになってしまった観がありました。パビリオンもたくさんありましたし。ただ大阪の場合は、園芸博覧会であると同時に万国博覧会だったというのも、淡路と違っていたところなのです。
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