公害問題への取り組みの過程で蓄積された技術 |
川崎臨海部の生産拠点としての地域形成は明治時代の民間による埋め立てに端を発する。その後、県・市の埋め立てによる地域の拡張とともに大企業の立地が進み、昭和の高度経済成長期には鉄鋼、化学、石油精製等の分野が発展していったが、それに伴い深刻な公害問題が発生した。
その後、企業や行政等が真摯に公害問題に取り組み、これを克服していく過程で、優れた環境技術や規制システムなどが蓄積されていった。近年、国際化の進展に伴う産業構造の転換などによる土地利用転換が進んでおり、同地域の産業再生・都市再生が急がれる状況のもと、川崎市では、これらの蓄積された技術等を核に、臨海部の活性化を図る戦略を取っている。
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理想は臨海部全域のゼロ・エミッション化 |
平成9年7月、市は通産省(当時)からエコタウンの承認を受け、平成10年3月には「川崎市環境調和型まちづくり基本構想」を策定した。臨海部全体をエコタウンと位置づけていることが大きな特色である。この時、市には過去の公害問題に対する厳しい反省の下、臨海部をゼロ・エミッションを目指す資源循環型の地域に変えていくという強い思いがあった。
この構想を実現させるには、すでに立地している企業がどのように環境に配慮した業態に変化していくかが焦点となる。具体的には、地域内や近隣で発生する廃棄物を再度自社で原料活用する、もしくは他社が利用するという資源循環の流れができるかどうかがカギとなるが、工業コンビナートを形成している川崎臨海部は企業間連携の下地があるため、エコタウン構想を展開する上で非常に有利であった。現在、臨海部では、廃プラスチックをアンモニアなどの原料にケミカルリサイクルする施設や、廃ペットボトルをペット樹脂に再生する施設などが稼動している。
こうした取り組みに先駆け、市が推進する事業が、エコタウン構想のコアと位置づけ、廃棄物を再生資源として利用する循環型・省資源型の「ゼロ・エミッション工業団地」である。平成14年に全面稼動し、現在、中小企業9社による資源循環システムを活かした事業活動が行われている。団地全体で事業に取り組むことにより、コスト削減や異業種連携による新産業創出などのメリットを見込む。
団地内にある「難再生古紙リサイクル施設」では、再資源化が困難とされてきた切符など、難再生古紙からトイレットペーパーを製造する。大量に必要な工業用水は市内の家庭から出た水を一部高度処理し再活用。浄化した排水を放流する際には水力発電に活用。また、製紙過程において、発生する熱エネルギーは紙の乾燥に再利用。さらに本来廃棄物となるスラッジをセメント材料に活かすなど、徹底したリサイクルを行う。その他、有害物質を工場外に排出しないメッキ技術を持つ金属表面処理業などもあり、工業団地の見学者は、海外も含め年間8,000人に上るという。
デンマークのカルンボー市などをモデルとしたエコタウン構想の最終目的は、このゼロ・エミッション工業団地の資源循環システムを臨海部全域の企業・工場へ展開すること。そして、その技術を調査・研究し発展させ、海外にも活かすことである。 |
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公害対策で培われた環境技術による国際貢献を |
川崎市では、阿部孝夫市長の「過去の公害対策で培われた環境技術で地域を活性化するとともに国際貢献を行う」という考えに基づき、エコタウン以外にも様々な施策が講じられている。「環境産業フォーラム」の立ち上げもその一つである。
これは、環境技術に関する課題解決、支援のための交流・出会いの場であり、「川崎には環境技術のすべてがある。川崎に行けばすべての環境技術を学ぶことができる」ことをアピールするものである。このフォーラムを構成する重要なツールが「環境産業データベース」だ(現在構築を計画中)。優れた環境技術に関連する情報を、国内だけでなく海外の企業も自由にアクセスすることで国際貢献を図るとともに、ビジネスネットワークの拡大や企業間のマッチングをねらう。
また、市では、環境技術による国際貢献を目指すにあたり、国連環境計画(UNEP)とのネットワーク形成をすすめている。UNEPのイベントへの参加、調査団の受け入れなどがあり、今年1月にはUNEPが持つ発展途上国の環境技術のニーズと川崎市が持つ環境技術の情報交換・マッチングの場として、「第1回アジア太平洋エコビジネスフォーラム」を共催。第2回も予定されている。行政としては、持続可能な社会形成を進めるとともにフォーラムという出会いの場をつくり、臨海部企業の環境技術を海外へ活かす新しいビジネスチャンスを拓きたい考えだ。
これらの取り組みは、いずれも国内外への川崎市の優れた技術のアピールに繋がるものであるが、就任当初から市長が認識していた市の
弱点は「宣伝力」。環境技術・知識はあるが、海外から見ると川崎市の知名度は低い。そこで平成13年以来4年間、トップセールスをはじめとした国内外への情報発信に注力してきた。昨年5月には、市長が上海市で開かれた環境展に出席。自らシティーセールスを行い、上海交通大学と環境保全技術交流等で提携するなど成果を挙げている。
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国際環境特区の中心的事業「アジア起業家村構想」 |
川崎臨海部は、平成15年、「国際臨空産業・物流特区」と共に、「国際環境特区」の認定を受けた。「国際環境特区」は、外国人研究者の受け入れ促進など、規制の特例措置を設け、臨海部の優れた環境技術・ものづくり技術を活かし、国際的に通用する新産業を育成するとともに、国内外から環境技術ほか先端技術分野の産業・研究機関等の誘致を進め、アジア地域等、地球規模の環境問題にも貢献する地域として臨海部の再生を目指す。
その中心的事業が、アジアの起業家を日本に呼び込み、地域経済を活性化させるという「アジア起業家村構想」である。「アジア起業家村」という拠点を設け、日本よりもベンチャーマインドが高い中国、韓国、ベトナムなどアジアの若い優秀な人材を招き、新しいビジネスの創業支援を行うこととなった。
市内には、神奈川県と川崎市が出資したイノベーション機能を持つ施設「かながわサイエンスパーク(KSP)」、川崎市産業振興財団が運営する「かわさき新産業創造センター(KBIC)」、JFEグループの研究施設である「テクノハブイノベーション川崎(THINK)」の3つのサイエンスパークがあるが、アジア起業家村の拠点となるのは、THINKである。
研究に必要なスペース、最新の設備を提供し、新事業の創出を支援する。市では外国人研究者に対し、家賃の軽減、各種融資制度の適用、特区の特例措置として在留申請の優先処理を行うなど、ベンチャー企業をバックアップする。今後はさらに関連団体と協働し、人的ネットワークの形成、市内企業とのマッチング機能の強化も急ぐという。こうした産官学連携のサポートにより、昨年末から現在まで、ベトナム、中国、韓国の環境、IT関連企業など4社が入居。今年中にはさらに5社の入居を目指すなど順調な進展を見せている。
アジア各国から問合せが相次ぎ、あまり知られていない都市からも連絡が入りだしたという。市はその理由として、「日中ビジネスに詳しいコーディネーターの存在」「アジア起業家村の中国語版サイト」「環境産業フォーラムの開催」などを挙げる。情報発信により、川崎市=環境産業というブランド化が定着しつつあるということだ。
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産学公連携のネットワークを活用 |
臨海部再生を進めるうえで市が特に意識していることは、「企業と企業が出会う場づくり」だ。中小企業群を含めたものづくり機能の実績、インフラの集積を活かし、新しい産業の集積促進による臨海部の活性化を目的とする行政と産官学連携の「川崎臨海部再生リエゾン研究会」を平成13年に設立。2年にわたる研究を経て「川崎臨海部再生プログラム」をとりまとめた。現在では研究会をリエゾン推進協議会と名称を変更。臨海部立地企業を中心に設立されたNPO法人産業・環境創造リエゾンセンターとの連携のもとプログラムの実践に向けた取り組みが行われている。
今後の最大課題は、何兆円といわれる環境関連市場を、企業が取り込むための支援体制づくりだ。前述の環境産業フォーラムなど産官学連携の取り組みから、シーズとニーズのマッチングを模索する。こうした積極的な取り組みは、「これまで行政は規制する立場だったが、これからは応援する立場になる」という市の意識転換が原動力となっている。
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川崎臨海部の遊休地等活用の現況 |
京浜臨海部再編整備協議会(神奈川県、横浜市、川崎市で構成)の調査によると、川崎臨海部では、平成13年度には155.8haもの遊休地等を抱えたものの、16年度には26.4haと大幅に減少した。遊休地等の主な活用例としては、
●都市再生特別措置法(平成14年)に基づく
都市再生緊急整備地域内の大規模工場の移転跡地売却
●中国ほかアジアの特需拡大による自社事業での活用促進
●国際競争力の強化のための、研究機関の集約拠点化による活用
●環境・エネルギー関連産業への土地利用活用などがある。
「市内従業員数に占める研究員の割合は、日本一高いレベルにある」と、市長は強調する。企業が全国規模で集約化を図る中、最近では味の素、日本ゼオンが新たに研究機関拠点として首都圏に近い川崎市を選んだ。また既存の生産工場を研究開発拠点へと切り替えるなどの動きが加速している。
インフラ整備については、現在、県と市が協働で検討し、臨海部再生の追い風と期待されるプロジェクトが「神奈川口構想」である。2009年の羽田空港の再拡張国際化、羽田と川崎間を橋もしくはトンネルでつなげることにより、アジアをはじめとする海外へのアクセスが拡充する。陸海空のインフラの充実、首都圏への近接といった好条件から、世界がいっそう川崎市に注目を集め、アジア等のパワーを引き込むことが期待される。そのほか、道路関係では、住宅地に隣接する地域にかかっている環境負荷を臨海部にシフトするための幹線道路網の整備などが今後の課題となっている。
川崎市が臨海部再生の核とする環境技術、産学公民による協働、国内外のネットワークの形成、研究機関とものづくりの集積、インフラの拡充、首都圏近接といった地理的特性などの条件が整い、臨海部が今後さらに注目を浴びそうだ。 |
(2005年夏号) |
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